雪かきと出張買取の共通点
こんばんは。
はなひ堂新井です。
大寒波が過ぎ去って少し暖かくなったというのに雪が降り続いていました。
暖かいのでそれほど積もる感じでもないのですが、それでも雪かきが必要で、本を触っている時間とスノーダンプに触れている時間のどちらが多いのかわからない日々が続いています。
突然ではございますが、雪かきとはある種のギャンブルです。
雪は必ずいつか溶けます。なので究極の話をすると雪かきせずに過ごすのが一番効率がいい。ですがそれでは生活できないので今は雪をかいて凌ぐしかない。そうなるとどこまで雪かきするかという話になります。
全く雪かきせずに雪が積もって泣きを見る人もいれば、雪かきしすぎなんじゃないかと思われる人もいます。
私は後者に寄っているのですが、結局はどこで妥協するのかという話になります。どこまで雪かきをするのか。どこで止めるのか。
この絶妙な押し引き。雪かきの勝者(?)がいるとしたら、この押し引きを制したものです。
天気予報がどうなるかわからないが、どう転んでもいいように、否、どう転んでもいいようにという甘い考えでは生き残れない世界かもしれません。
考えてみれば出張買取も同じようなものです。
1件目が予想以上の冊数で時間を少しオーバーしてしまった、では3件目のお宅には時間通りに到着できるのかどうか。事務所から誰かを呼ぶかどうか…。
または事務所から「もう一件寄れますか?」と電話が入り、数量的に積めるかどうかという問題が発生したら…。
こんな時、やはり私は後者に寄るのです。弟に救援を頼むのです。しかし頼まなくてもよいケースも多々あることも事実です。
そんな話を駐車場の大家さんと話しました。
「だからなーこの世は全てバランスなんだよ」そう大家さんが言った後に駐車場を見ると、そこには絶妙な感じで雪かきされた跡が見られました。
そこには大家さんが今週の天気予報をどう予想しているかという意志さえ表れていました。
雪かきとはこんなに饒舌な表現だったのかと驚きました。
と同時に周りを見渡すと背筋が凍りました。
いつも何気なく見ていた近所の人達の雪かきがことごとくそれと同等の表現であることに。
そして思い出すと同時に真冬にも関わらず汗が伝います。カモが誰かわからない時は自分がカモだというギャンブルの鉄則に。
*話がよくわからなくなってしまったので本日はここで終了させていただきます(^_^;)
はなひ堂ブログ 2018年1月30日