セレナに乗って出張買取に行った、または義父の話
先日セレナ(日産)で出張買取に行きました。
本の出張買取では非商用ワンボックス派(?)に乗って行く人も多く、ステップワゴンやセレナに乗っている方もたくさん知っています。
私はいつも出張買取にはキャラバンで伺うのですが、先日セレナを頂き、それはキャラバンほど大きくはないけれど燃費がいいこともあり、冊数的にちょうどいい買取りが入ったのでそれで伺うことにしました。
元々は義父が乗っていたものでしたが、彼が亡くなってその形見(のようなもの)として頂いたのでした。
10年落ちで走行距離が12万kmというものですが、メンテナンスはきちんとされていたために特に不具合はなく、とても良い状態でした。
義父と初めて会ったのは世の男性の常だと思いますが、彼女(現妻)とお付き合いしているという旨を伝えるために彼女の実家へ伺った時でした。
その時私は30そこそこで、30歳ともなればお付き合いの報告ではなくむしろ結婚のお願いに伺う方のほうが多いのかもしれませんが、話はそこまで進んでなかったため私はお付き合いの報告という体で伺いました。
そしてその席で「結婚も考えていますが、それはじっくり考えて決めたいと思います」と言って義父を閉口させた記憶があります。
もちろんその時に口に出すべき正解の言葉は「結婚を前提にお付き合いさせて頂いています」という一言で、それは私が言った意味も当然含まれているのですが、私が言った言葉以上にポジティブで力強く、なによりも常識的で断然に印象もいいはずです。
ですが私が選んだのは良くない言葉で、ネガティブで軽薄。
もちろん私はそんな風に思ってもいないし、そう受け取られるとも思っていないわけですが、もしも娘が年頃になって誰か男子を連れてきてその彼がこの言葉を吐いたら私は笑顔でいられるかどうか。
ですがその時、義父はそんな私の非常識にも思える一言に少し目をつぶった後、ああそうかねと言ってお茶をすすったのでした。
ですので彼がその当時どのように私を思っていたのかは後から考えれば恐ろしいことですが、その後事あるごとに私をお宅に誘って頂き、一緒にご飯を食べたり彼の大好きなバイクを見せてくれたりしました。
そしてこんな不甲斐なく優柔不断な私を、反発するほどでもなく、かといって弱すぎるでもないちょうどいい加減で背中を押して頂き、無事に結婚することになりました。
結婚に至るまでの道とはある種、父と娘の共同作業でもあるのかなとふと思いましたが気のせいかもしれません。
ただ単に私が不甲斐ないだけなのでしょう。
結婚してからも色々と面倒を見てくださり、彼からは頂くものばかりで何一つしてあげたことはないような気がします。
夏場に伺うと青空の下で枝豆をもいでいることが多く(農家なので)、「一緒にどう?」と言って二人で豆をもぎながら話をしたりしていました。
豆をもぐことが何かしてあげたことと言うほどおこがましいことはありませんが、とはいえ何かしてあげたことと言われれば思い出せるのはそのくらいで、ということはつまり何一つ恩を返せていません。
もしも豆をもぐことが多少なりとも恩を返すことになるのだとしたら、豆を何粒もげば一つ恩を返せるのか想像もできませんが、一生もぎ続けても返すことはできないくらいの恩を受けたと思っています。
そして先日お通夜の席で、「君が自営業者として立派に独り立ちして家族を養っていることを誇りに思っていたみたいだよ」と親戚の方から聞かされてびっくりしました。
冗談じゃない。古本屋として貧乏暮らしをしているだけで立派でもなんでもありません、と親戚の方に答えましたが、できれば義父にお答えしたかったです。
そして彼が亡くなって義理の弟から「親父のセレナを売ろうと思うんだけど…」という話を聞かされた時、すぐさま欲しいと名乗り出たのでした。
ハイゼットが壊れてキャラバン一台で出張買取に行っているけれど、キャラバンでは燃費が悪すぎる場合もあるということ等々、義弟に力説してなんとか譲ってもらいました。
そんなセレナで出張買取に行き、無事に買取りが終わって帰ろうと車を動かすとガリガリと音がします。そしてなぜか右のタイヤが浮いている気がします。
外に出てみると縁石に乗り上げてしまっていました。車体を見ると縁石で擦れた跡があります。
「大丈夫ですか」とお客様もお家の外に出てきてくれました。すごい音だったようです。
大丈夫ですよ、縁石を擦ってしまい申し訳ございませんと謝ると、大丈夫ですよ車さえ大丈夫なら問題ありませんとおっしゃっていただけました。
帰りの車中で頂いた恩を返せないどころか、頂いた車もあっという間に擦ってしまう有様に情けなくなります。
帰ってから妻に車のことを話した後、車はこんなことになったけどせめてお前だけは無事に暮らせるようにすると話すと、もうすでに大分擦ってるんですけどとお答えになりました。
義父はその様子を上空から眺めて、少し目をつぶった後にお茶をすすっているのかもしれません。
はなひ堂ブログ 2018年7月1日